3:1 「イエスは使徒であり大祭司」

ユダヤ教の三大支柱である、御使い、モーセ(律法)、アロン(祭司制度)の何れにも主イエスは勝った方であることを教えてるのが本書です。

これまで御使いに対する優越性を論議してきましたが、この3:1~6では、モーセに対する優越性が論議されます。

まず1節にある主イエスに与えられているタイトルに注目しましょう。

「私たちの告白する使徒であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい。」

主には「使徒」と「大祭司」の二つのタイトルが付けられていますが、それは聖書でここだけに見られるものです。

①    主は使徒です。

その意味でモーセに似ています。それは「預言者」のように人に対して神の代理となる役割です。ここでは「12使徒」とは異なる意味で付けられているタイトルです。

それは、新しい時代区分(ディスペンセイション)をもたらし、新しい契約を導入したという点で「使徒」だと言うことです。

「というのは、律法はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって実現したからである。

(ヨハネ1:17 )」

モーセによってモーセ契約がもたらされ、律法時代(ディスペンセイション)が創設されました。

イエスによって新しい契約がもたらされ、恵みの時代(ディスペンセイション)が創設されたのです。

「使徒」の本来の直訳は「遣わされた者」というものです。

モーセ(出エジプト3:1~6)、イエス(ヨハネ3:34)も、ともにこれらの特別な仕事のために神から遣わされました。

②    主は大祭司です。

祭司は神に対して人の代理となるものです。

これはイエスがアロンのようなお方であるとの視点です。

 

 イエスが使徒であるとのテーマは、3:1~4:13に、

大祭司であるとのテーマは、4:14~7:28で論じられようとしています。

 

 ここで言う「告白」とは公に信仰を表明することです。

告白の内容は「イエスがメシア」であるというもので、彼ら読者たちはすでにこれをしてきました(4:14)。ここでは、そのイエスが使徒であり大祭司であられる点をよく考察するようにと命じているのです。