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牧師のブログ
聖書広場 | マタイ複音書
マタイ福音書1章
新約聖書の冒頭は人名ばかりで分かりにくいのですが
ユダヤ人のイエスが日本人に関わりあるのか
神様がおられるとは感じられないのですが
マタイ福音書2章
劣等感や優越感を持ってしまいやすいのだが
迷い、疑い、恐れなどを持ちやすいのだが
約聖書は旧約の聖句を正確に引用していないのではないか?
マタイ福音書3章
宗教は人を束縛するか、自由を与えるのか?
宗教は人を救えるのか?
マタイ福音書4章
人は誘惑にどう対処するのか
主イエスはなぜカペナウムを根拠地とされたのか
マタイ福音書5章
「幸い」ってなんでしょう?
右の頬を打たれたら左の頬を向けなくてはいけないのでしょうか
マタイ福音書6章
人前でなく、「神の前」を生きることってどういうことでしょう?
空の鳥から学ぶこと
マタイ福音書7章
キリスト教は「道」である
福音を聞いただけの人とはどういう人でしょう
マタイ福音書8章
主によって病が癒された人とそうでない人との違いとは何でしょうか?
あなたより悪霊の方が勝るものがあるとしたら、それは・・・
マタイ福音書9章
名刺に印刷されてある肩書きで人を判断・評価出来るでしょうか?
どうしたならイエスから力を引き出すことができるでしょうか?
主はなぜ民衆から距離を置かれるようにされたのでしょうか?
マタイ福音書10章
主は12人を選んで「使徒」とされ、特別教育をされました
福音とは何でしょうか?
過去を選択的に捨て、将来の栄冠ゆえに、今を生きるのが信仰者
マタイ福音書11章
バプテスマのヨハネはエリヤなのか
聖書は地獄について何と教えているでしょうか
カルビン主義とアルメニウス主義はキリスト教界を二分してきました
マタイ福音書12章
ユダヤ人にとって「安息日」は死活的に重要です
なぜいつも日本は米国の風下に立たねばならないのか?
日曜日に礼拝せよと聖書は命じているでしょうか?
マタイ福音書13章
「神の国」プログラムが変更されました
「神の国」の5つの側面
現在のキリスト教世界とはどんなものでしょう(1)
変遷していくものと普遍的な「神の国」とがあります
現在のキリスト教世界とはどんなものでしょう(2)
マタイ福音書14章
殉教は損か?得か?
私はあまりにも小さくて主のお役には立てません
練とは、弟子と師との隔てを埋めることかも
マタイ福音書15章
キリスト教の本質とは?~ユダヤ教と対比させて
「キリスト教の本質~異邦人との対比から」
「キリスト教の本質~ユダヤ人と異邦人:新しいひとりの人」
マタイ福音書16章
貴方の着眼点はどこにありますか
カトリック教会の教皇に聖書的根拠があるでしょうか
いのちと全世界を天秤にかけると
マタイ福音書17章
山頂でのシャカイナ・グローリー
勝利を得る方法3つ
世間の実際問題は簡単なものでない
マタイ福音書18章
Facebook症候群からの回復
直接交渉はリスクが大きい
人は6千億円の借金を抱えてます
マタイ福音書19章
離婚について聖書は何と言っているでしょうか?
永遠の命を得るためにはどうしたらいいのか
聖書の教える「神の国」とは王国です
マタイ福音書20章
神は気前の良い方でいらっしゃいます
安息って良いものですね
人の目には斬新、でも神の目には想定内
年の終わりに歴史の終わりを想う
大どんでん返しの恵み
マタイ福音書21章
明智光秀さえ変な気を起こさなければ
幼子たちが最も強くなるとき
祈りとは聞かれるものなのか?
捨てられて後に拾われた石
「神の国」は将来に延期となりました
マタイ福音書22章
芥川龍之介よりも秀でたお方
「カイザルのものはカイザルへ」
人がよみがえるってことがあるのだろうか?
聖書読みの聖書知らず
マタイ福音書23章
偽物と本物との違い
人は死んだらどこへ行くのか
虐殺と流血の街がやがて哀願と歓喜に変えられる
マタイ福音書24章その1
オリーブ山から世界の行く末を俯瞰して
大艱難時代前半~マタイ福音書から
大艱難時への導入プロセス
大艱難時代への導入プロセス~その2
「教会の携挙」①
「教会の携挙」②
主イエスが評価される点について
大艱難時代前半の3年半
日本国憲法の平和主義は大艱難時代にも通用するのか
マタイ福音書24章その2
大艱難時代の中間期~その1
終末論を学ぶと聖書が解る
「子」として訓練される父なるお方
やがて全ての人は2分されていきます
7年間の大艱難次代の後に来るものとは
75日間のインターバルに起こること~その2
千年王国 その2 〜 地上の統治権の変遷
神様からの不動産譲渡の選定基準って何でしょう?
人類が行き着く最終運命
マタイ福音書25章
天においてメシアから信者に届けられる報酬について
やがてメシアとキリスト教会は結婚します
主人の帰りを待つしもべ
時代が煮詰まると人は二つに分かれて行く
マタイ福音書26章
ベタニア村での憩
最後の晩餐は過越の食事会でした
ゲッセマネの祈り
失敗から回復、そして変貌へ
聖書広場・ゼカリヤ書
「わたしに帰れ」
聖書広場・創世記
創世記1章
創世記2章
創世記3章
創世記4章
創世記5章
創世記6章
ヘブル書聖書研究
ヘブル1章
1:1~3 「ヘブル書の主題」
1:1~4 「御使いよりも優れた名前」
1:5 「イエスは特別な御子」
ヘブル2章
2:5-9 「御子はその人間性においても御使いに勝る」
2:10-18 「御子は救いを与えることが出来るので御使いに勝る」その1
2:10-18 「御子は救いを与えることが出来るので御使いに勝る」その2
ヘブル3章
3:1 「イエスは使徒であり大祭司」
3:7~11 「回帰不能点に到達する前に」
3:16~19 「荒野放浪からのレッスン」
ヘブル4章
4:1-11 「安息に進みなさい」
ヘブル5章
5:1-4 「祭司としての前提」
5:5~10 「御子は大祭司として資格のあるお方」
牧師家族の日本訪問記
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神のことばを日本語でお届けします
マタイ福音書11章