変遷していくものと普遍的な「神の国」とがあります

「奥義としての王国―その④:御国の変遷」

マタイ13章44~51

~マタイ福音書連続講解説教34

 {メッセージの抜粋}

 

13章は「奥義としての御国時代」(13:11)、

これはすなわち現在まで通じるキリスト教界時代を扱っています。

 

主はその時代性を、特徴をその時代を切り開く弟子たちに8つのたとえを用いて教えておられます。

ここで、再び「神の国」について、時間とともに変遷してきたことを確認しましょう。

 

 

「神政政治王国」

 

それはもモーセの律法が王国の憲法としてその理念が明示された出エジプトの時代から始まります。

 

神は全世界の中からイスラエルを「宝の民」として選び、

そこでご自身の聖なる御旨を律法(聖書)に啓示して、神の国を地上に建設されようとしました。

 

その民はやがて王政に移行して、ダビデ・ソロモンのときに全盛期を迎え、

アブラハムに約束した契約が今や成就するかに見えたのです。

 

しかし、その全盛期に崩壊に至る罪を王様自身が内包したままでした。

ソロモンの死後、王国は南北に分裂し、以後衰退の一途をたどります。

 

アッシリアやバビロンに捕囚とされて連行され、国は滅びます。

 

 

「メシアの王国」

 

その捕囚期に預言者たちが登場し、「ダビデの子孫」としてのメシアがやがて現れるなら、

イスラエルは復興され、世界の中心となり、国々もメシアに従い、

世界の平和と繁栄とがもたらされ、アブラハム契約が完成されると説きました。

 

バプテスマのヨハネや主イエスが「神の国は近づいた」

と説かれたのが宣教の第一声でしたが、その国は旧約で預言されていたメシア王国です。

 

ところがユダヤ人たちはイエスのメシア性を否定したため、

彼らからは完成間近までやってきていた千年王国が取り去られました。

 

もはや彼らの拒絶は悔い改めが不可能な段階まで進んでしまったのです。

 

それが「赦されない罪」です。

 

この文脈を踏まえるなら、その罪は当時のユダヤ人たちに対する民族的なもので、

それ以降のユダヤ人世代には適応されないし(適応するのがアンチセミミニズムの立場)、

まして個人に適応されるものではありません。

 

 

「奥義としての王国」

 

千年王国(またはメシア王国)が取り去られ、遠い将来へと延期されました。

 

その瞬間、旧約には啓示されていなかった別の「神の国」が出現しました。

 

それが今日のキリスト教界時代にある、「奥義としての御国」なのです。

 

ですから、そこには過去の神政政治王国にも、

将来のメシア王国にも存在しないものが現れてきます。

 

毒麦(偽信者)や、異端の存在、

神の国の進展を阻害する悪魔の暗躍や肉(信者の内にある古い性質)、

世(迫害勢力)の力などです。

 

 

モーセから将来の千年王国に至るまでは、

3つの「神の国」が形態を変えながら変遷するのを時系列的に並べました。

 

そしてこれら全ての時代に普遍的に存在しているものとして、

 

宇宙的な意味での「神の国」がありました。

 

そしてまた、信者の心に霊的に存在している「神の国」があるという側面もあります。

(先回の本稿を参照)