カトリック教会の教皇に聖書的根拠があるでしょうか

マタイ16章13~20

「弟子信仰告白

 

~マタイ福音書連続講解説教42

メッセージノートと聖書本文ははこちらから:

http://wdx.hosannamin.org/whatsnew/view/6132042-1

 

 

 {メッセージの抜粋}

16章は弟子訓練の章です。

十字架まで1年を切った段階にあり、主は12弟子だけを連れて、ユダヤの地を離れてのリトリートに赴かれます

今回はピリポ・カイザリヤでの弟子訓練の記録です。

 そこはヘルモン山の雪解け水が湧出して、バニヤス川(ヨルダン川の源流)となっている場所で、偶像のパン神が切り立つ崖に彫刻された異邦人の地でありました。

❶主イエスへの信仰告白


主は弟子たちに、「あなたがたはわたしを誰だと言いますか」と問われます。

数年間、主と共に生活をしてきた弟子たちの見解と信仰とが試された瞬間です。

『シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」 』(16 節)

 それは、

①メシアであり、

②神の御子であり、

③生ける神なる方である、という原語の語順であり、100点満点の答えでした。

主は、「幸いなるかな、バルヨナの子、シモン」と感嘆されて、訓練が進んでいることに喜ばれました。

 『するとイエスは、彼に答えて言われた。「バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。」 (17節)

主への信仰告白とはどういうものでしょうか。

           それは人間=「血肉」が明らかにするものではない

           教育や説得がイエスへの信仰を生み出さない

          天の父のみが、この真理へと導くことができるものです。

 もし貴方が主をメシアであると告白出来るなら、それは父なる神が貴方に啓示されたので可能となった事です。神が貴方を選ばれたからです。

 

❷教会設立の預言

 その告白に至った信仰者に主は言われます。

 「この岩の上にわたしの教会を建てます。」

 この聖句はカトリック教会にとり、その唯一性、正統性、教皇権継承の根拠となっている大切なものです。

 曰く、「この岩」とはペテロを指すので、教会の土台がペテロの後継者であるローマ教皇である、というものです。

 ところがこの解釈は、ギリシア語の原語に遡って調べてみると誤りであることが分かります。

 ここでの「岩」とは「ペトラ(女性名詞)」であり、岩山のことです。

 ヘルモン山の麓にある高い岩山が、彼らの目の前に聳えていました。

 一方、ペテロ・ペテロス(男性名詞)とは石ころであり、バニヤス川の川床に転がっているものです。ペテロの名はその石ころを意味したものです。

 旧約聖書では、「岩」がたとえで用いられた場合、それは必ず神かメシアが意味されて来ました。この文脈を踏まえても、ここでの「岩」とはペテロでなく、イエスご自身のことを言われているのが分かります。

❸ペテロの使徒首位権を確立

 主はペテロに、「あなたに天の御国のかぎを上げる」と言われて、将来設立されるキリスト教会の進展に大きな役割を担う者とされることを約束されました。

 ここにある「御国」とは、「奥義としての御国」(マタイ13:11)、つまりキリスト教界のことです。

 ペテロは、人々を教会へ導くパイオニアとなるというのです。

 歴史上、どのようにしてこの預言が実現されたでしょうか。

 福音は、「エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまでわたしの証人となる」(使徒1:8)との主のお言葉通りの伝播経路を辿りますが、各展開のステップにおいてペテロがキーパーソンとして活躍しているのです。

  •  エルサレムとユダヤ人に(使徒2章)

  •   サマリヤ人に(使徒8章)

  •  異邦人・コルネリオ(使徒9章)

 

さらにペテロには、使徒的権威として正典(霊感された聖書の言葉)を定める者とされる預言が続きます。

「わたしは、あなたに天の御国のかぎを上げます。何でもあなたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたが地上で解くなら、それは天においても解かれています。」 (19節)

 「つなぐ」とは、禁止を表し、「解く」とは、許可を表すラビ用語です。彼の言葉が神的権威を持つものとされるというのです。

彼が後に書いた書簡は新約聖書の中に『ペテロの手紙』としてその2巻が納められています。

 さらにその聖書記述者となる神的な権威は彼個人だけでなく、弟子集団に与えられることになります(マタイ18:18)。