Facebook症候群からの回復

「教会で偉大な者とは誰か」

 マタイ18章1~14

~マタイ福音書連続講解説教47

聖書本文とメッセージノートはこちらから:
http://wdx.hosannamin.org/whatsnew/view/811447

 

 

 {メッセージの抜粋}

マタイ福音書には、主イエスの語る説教が5つにまとめられて編集されています。 

 ① 5章~7章:山上の説教
 ② 10章:12弟子たちへの訓話
 ③ 13章:奥義としての御国のたとえ
 ④ 18章:キリスト者の新しい共同体=教会
 ⑤ 24章~25章:オリーブ山の説教

18章では、主の昇天後に発足するキリスト教会が、
どのように自らを律して行くのかを教えている章であると言えます。

その時、御国の王であられる主は天におられて地上にはおられません。

にもかかわらずに主の御心を体現しなくてはなりません。

キリスト教会を率いて行くリーダーにはどういう資質があるべきか、
どういう人材が偉大であると評価されるのか、
こうした重要案件を今回の聖書箇所は扱っています。


❶一番偉い人とは子供?!

「まことに、あなたがたに告げます。
あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、
決して天の御国には、入れません。
だから、この子どものように、自分を低くする者が、
天の御国で一番偉い人です。
(マタイ18:3-4) 」

子どもは自らの無力さを知っていて、
父親に依存、委任するより他ありません。

同様に救いのためには
自らの限界や無能をわきまえ、
神にしか依存する他ないのを知っている
「自分を低くするものが、一番偉い人である」
と主は教えられました。

これは、自分たちの中で誰が一番となるか、
という話題で持ちきりだった12人の弟子たちには衝撃となる教えでした。


❷世界は競争&比較社会

私達の住んでいる世界では、
能力や実績が評価されます。

まるでその評価が当人の価値を決めるとまで言わんばかりの勢いです。

そこから自己尊大感や優越感が生じて来ます。


さて、旧約聖書で最も偉大な業績を残したのは誰でしょう?

モーセです。

 

同時に、その彼が最も謙遜であったとも記されています。

「さて、モーセという人は、
地上のだれにもまさって非常に謙遜であった。
(民数 12:3)」

では新約聖書での最大功績者とは誰でしょうか?

もちろん主イエスです。

「わたしは心優しく、へりくだっているから
あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。
そうすればたましいに安らぎが来ます。 (マタイ11:29)」

その主が最も謙遜であられて、
ゆえに幼い子達にいつも取り囲まれていました。

 

幼子の判断にはうそがありません。

主の優しさと柔和さは、幼子が気安く近づけるものでした。

その日も幼子たちを弟子たちの真ん中に進ませて、
この子供のような信頼の心を持たなくてはならない、と実物教育をされました。


❸神様も評価している

神の前で評価されるのは、謙遜さです。

謙遜とは、あるがままの自己を正当に評価することに他なりません。

その評価のために、

「神の言葉」という鏡でなく、
世間という鏡に照らされる自己を見つめていくところに、
本来の評価からの狂いが生じてしまいます。

Facebookで「いいね」が幾つ与えられたかが気になる。

米国でのある統計では、
5以上の「いいね」がないと心配になる人が多いのだそうです。

他者の華やいだパーティーやバケイション、
家族や友人達との親密な交友関係を知って
うつ病気味になる人たちがかなり多いのだそうです。

これを「Facebook症候群」と呼びます。

でも心配は要りません。

聖書の示す解決策があるからです。

創造者という永遠でかつ絶対者の目を通じて自己を知り確認することです。

そこでは、あなたの生産高、業績、成績などが評価の物差しにはなっていません。

あなたの存在そのものが、「高価で尊い」(イザヤ43:4)と言われる一元の世界です。


「永遠の愛をもって、 わたしはあなたを愛した。
それゆえ、わたしはあなたに、 誠実を尽くし続けた。
(エレミヤ31:3)」