オリーブ山から世界の行く末を俯瞰して

ホサナキリスト教会・聖書広場からの抜粋です。
聖書本文とメッセージノートはこちらから:

 

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「オリーブ山からの眺望」
マタイ24章1~3節
~マタイ福音書連続講解説教70~

オリーブ山での説教(24~25章)は、
終末(世界の終わり)に関する教えである。

マタイ福音書には5つの教えシリーズがあるが、その最終項目であるといえる。

5~7章:メシアによるモーセ律法の解釈
10章:弟子たちのユダヤ国内への宣教派遣
13章:「奥義としての御国」のたとえ
18章:教会に関する教え

この時主イエスはオリーブ山で腰を降ろし、
エルサレムの全貌を眺めながら世界の終末を見据えて弟子たちに語られた。

エルサレムの行く末と終末とはリンクされていると明言されたのである。


弟子たちはひそかに主に質問をした。

• エルサレムの崩壊と、そのしるしは?
• 再臨のときはいつで、そのしるしは?
• 終末のときはいつで、そのしるしは?

これらの質問に主は丁寧に答えられている。

さらに、「そのための準備をせよ」との教えを合わせたものが
オリーブ山での説教であるといえる。

• エルサレムの崩壊とそのしるしについて ールカ21:20~24
• 再臨のときとそのしるしについて ーマタイ24:9~31
• 終末のときとそのしるしについえ ーマタイ24:4~8


エルサレム崩壊のときについての考察:ルカ21:20~24

「20 しかし、エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら、
そのときには、その滅亡が近づいたことを悟りなさい。

21 そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げなさい。
都の中にいる人々は、そこから立ちのきなさい。
いなかにいる者たちは、都に入ってはいけません。

22 これは、書かれているすべてのことが成就する報復の日だからです。

23 その日、哀れなのは身重の女と乳飲み子を持つ女です。
この地に大きな苦難が臨み、この民に御怒りが臨むからです。

24 人々は、剣の刃に倒れ、捕虜となってあらゆる国に連れて行かれ、
異邦人の時の終わるまで、エルサレムは異邦人に踏み荒らされます。」

(ルカ 21:20-24)


1) エルサレムが軍隊に囲まれる時がそのしるしである

• ローマ軍によるAD 66年の包囲がそれにあたる
• 「その滅亡が近づいたことを悟れ」と主が警告を与えたが、
• 熱心党たちは神の守りを信じて徹底抗戦を呼びかける
• それが悲劇を招いた

2) メシアニック・ジュー(イエスを信じるユダヤ人)の判断と行動

• 「山に逃げろ」「都から立ち退け」との主の言葉を実践することになる
• 68年にローマでの政変(ネロの自殺)があり、次期皇帝就任のためエルサレム包囲軍の総司令官のヴェスパシアヌスがローマに帰国する

• その時に包囲が解かれ、メシアニックジューは都を離れてヨルダン川東岸のペラに避難した

3) エルサレムの崩壊

• 70年、皇帝ヴェスパシアヌスは息子のティトスを総司令官として再度派遣し、エルサレムを陥落させる
• 「大きな苦難が望み、この民に御怒りが臨む」との預言が成就された
• 110万人が虐殺されたとの記録がある
• しかし避難していたメシアニックジューからの死者は出なかった。
• そこで「裏切り者」とのレッテルが後世に残ることになる
• ユダヤ人の世界離散のはじまり
• 「異邦人の時代」までエルサレムは荒廃が続く


聖書預言の成就の確かさ

3つのトピックスのうち、エルサレム崩壊は40年後のAD70年に成就した。

そのしるしも、様相も、結果も主の言葉の通りに実現されたのである。
それなら、他の2つの預言も成就されると考えるのが順当であろう。

世界の終わりも、主の再臨も不可避のことであり、必ずやってくるのである。

私たちの日常生活のゴールは、どこに据えるべきだろうか?

「今日が楽しければそれでいいじゃあないか」

「明日のお金さえ保証されればそれでいい」

「自国の平和と繁栄さえあれば充分ではないか」

これらはかなりの近視眼的な視野であるといえまいか?

ところが、世界の終わりという最大遠方の射程を貴方が望むなら、
いざというときにもあわてずに済む。

最大の難関問題が処理されているので、
それ以外の経済問題であっても健康問題であっても、

就職・進学といった人間の営みに関する問題であっても
余裕を持って対処できるようになるのである。

世の終わりは確実にやって来る。

その混乱と艱難から抜け出て、
主が用意されている「住まい」(ヨハネ14:3)に私たち信者は招かれている。

「わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、
また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。
わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。
(ヨハネ 14:3 )

将来の行き先が確かであるとき、今の行き方が分ってくる。

それは、今の問題に対処する力となるのである。