終末論を学ぶと聖書が解る

ホサナキリスト教会聖書広場からの抜粋です。
聖書本文とメッセージノートはこちらから:

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大艱難時代の中間期③
マタイ24章15~28節 黙示録14章1~20節
~マタイ福音書連続講解説教83~

詩篇 46 指揮者のために。コラの子たちによる。アラモテに合わせて。歌
 
 1 神はわれらの避け所、また力。 苦しむとき、そこにある助け。
2 それゆえ、われらは恐れない。
  たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。
3 たとい、その水が立ち騒ぎ、あわだっても、
  その水かさが増して山々が揺れ動いても。セラ
4 川がある。その流れは、 いと高き方の聖なる住まい、神の都を喜ばせる。
5 神はそのまなかにいまし、その都はゆるがない。
  神は夜明け前にこれを助けられる。
6 国々は立ち騒ぎ、諸方の王国は揺らいだ。
  神が御声を発せられると、地は溶けた。
7 万軍の主はわれらとともにおられる。 ヤコブの神はわれらのとりでである。セラ
8 来て、主のみわざを見よ。 主は地に荒廃をもたらされた。
9 主は地の果てまでも戦いをやめさせ、
  弓をへし折り、槍を断ち切り、戦車を火で焼かれた。
10 「やめよ。 わたしこそ神であることを知れ。
  わたしは国々の間であがめられ、 地の上であがめられる。」
11 万軍の主はわれらとともにおられる。
  ヤコブの神はわれらのとりでである。セラ

聖書の記述には神の裁きや復讐、飢餓や洪水、殺戮や疫病の蔓延、
さらにそれらからの保護や救出、安全と平安などが多く見受けられる。

それらはほとんど象徴的描写に過ぎないと私は今まで考えて来た。

試練や困難の状況の中でも信仰による平安と祝福が
心霊的に信者に与えられる恵みがここに教えられているのであると。。

ところが聖書的世界観を黙示録・終末論まで拡大するなら、
それら比ゆ的な叙述であると思われていた章節が、

たちどころに具体的・字義通りの意味を持つものと納得させられるのである。

たとえば有名な詩篇46篇を取り上げてみよう。

「1 神はわれらの避け所、また力。 苦しむとき、そこにある助け。
2 それゆえ、われらは恐れない。
  たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。
3 たとい、その水が立ち騒ぎ、あわだっても、
  その水かさが増して山々が揺れ動いても。」

地球的規模の地理的な大変貌(2~3)が描写されているが、
それは主イエスの再臨時に起こる大地震・大地殻変動の預言と一致する。

千年王国ではエルサレムが
近隣諸国のどの山よりも高く聳え立つ高山となると預言されている。

「4 川がある。その流れは、 いと高き方の聖なる住まい、神の都を喜ばせる。」

神の都(エルサレム)にはメシアが王座を据えるので神の臨在がある。

またその神殿の敷居からは東西に分かれ出る川があり、
東に流れる川は死海に注いでそこを漁場とするようになるとのエゼキエルの預言と一致する。

「5 神はそのまなかにいまし、その都はゆるがない。
  神は夜明け前にこれを助けられる。
6 国々は立ち騒ぎ、諸方の王国は揺らいだ。
  神が御声を発せられると、地は溶けた。
7 万軍の主はわれらとともにおられる。
  ヤコブの神はわれらのとりでである。」

神に反抗する全世界の国々が戦いを仕掛けてくるという(6)。

これは反キリストが率いてイスラエル抹殺を企ててイスラエルに侵入してくる
ハルマゲドンの戦いとして文字とおり成就すると解釈するなら、

ここに描写されていることは現実味を帯びて迫ってくる。

彼ら反キリスト世界連合がユダヤ人壊滅を目前にしたとき、
ユダヤ人は信仰の悔い改めに導かれ、イエスをメシアとして崇め、
イエスの助けを求めるようになる。

そしてメシアが再臨されて、彼らを滅びから救い出す。

「8 来て、主のみわざを見よ。 主は地に荒廃をもたらされた。」

メシアはユダヤ人の求めに応じて地上に再臨される。
そして反キリストの世界連合軍勢をすべて打ち砕かれるのである。

「9主は地の果てまでも戦いをやめさせ、
 弓をへし折り、槍を断ち切り、戦車を火で焼かれた。」

戦いに勝利されたメシアはエルサレムの神殿でダビデの王座に座して、
そこから世界を統治される。

ここに至って恒久的で完全な平和世界が実現する(9)。
それは国連機能を強化したりキリスト教会が発展して実現する平和を
比ゆ的に描写したものではない。

この地上に物理的に完成するメシア王国である。

10 「やめよ。 わたしこそ神であることを知れ。
  わたしは国々の間であがめられ、 地の上であがめられる。
11 万軍の主はわれらとともにおられる。 ヤコブの神はわれらのとりでである。」

千年王国では世界中の諸国がイエスを崇めるようになり、
仮庵の祭りには世界中から代表団がエルサレムに派遣されるようになる。

そのとき、地上の全ての人が真の神を知るに至るであろう。
 
「万軍の主はわれらとともにおられる。 ヤコブの神はわれらのとりでである。」(7,11)

これは恐ろしい人類最終戦乱の中にあって神の守りが
選民に与えられると約束した預言であり、文字通りに成就するものである。

そして一方、今日の私たちにも適用可能な聖句でもある。

なぜなら、「わたしは世の終わりまであなたがたとともにいます」(マタイ28:20)
とメシアご自身が私たち信者に約束してくださった。

それは内に住まわれる聖霊様によって現に成就している事実である。
「神は、私たちのうちに住まわせた御霊を、ねたむほどに慕っておられる」
(ヤコブ 4:5 )