右の頬を打たれたら左の頬を向けなくてはいけないのでしょうか

マタイ福音書連続講解説教12  マタイ5章17~48節

「メシアによる義の解釈」

 {メッセージからの抜粋}

 主イエス様がお話しされた言葉の中には、多くの誤解されている箇所があります。
「あなたの右の頬を打つような者には左の頬も向けなさい」というのも、その誤解されている有名な言葉の1つではないでしょうか。

この言葉は、マタイ福音書5章38節から43節までの1つのセクションの中に収められているものです。
そしてそのセクションは、復讐について教えられているところなのです。

「目には目で、歯には歯で」と言われたのをあなたがたの聞いています。しかし私はあなた方にいます。(38節)

旧約聖書に出てくるこの同害復讐法と言われる法令は、世界最古のハムラビ法典にもある有名なものです。
本来旧約聖書では行き過ぎた復讐を抑えるための教えであったものが、これを根拠にして私的復讐を正当化し、さらに奨励するようなものとして使われていました。

そこでイエス様は本来の旧約聖書にある聖句意味を再解釈する必要を感じられたのです。

21節から48節までは6つのセクションに区切られますが、どれもよく知られた旧約聖書の聖句で、しかも身近な生活に関わるものを取り上げて主による再解釈をされました。殺人、性的不品行、離婚、誓い、復讐、そして隣人愛の6つです。

いずれの6つにも出てくる「わたしはあなたがに言います」と言う主の表現は、「わたし」が強調されているギリシャ語文法となっています。
かつてモーセに律法を授けられた、旧約聖書の著者なるお方が、ここで神的権威を持って解釈されている場面なのです。

さて、その第5番目の「復讐」についてのセクションです。
「悪い者に手向かってはいけません」とあってから、「あなたの右の頬を…」と言う言葉が続きます。
つまり犯罪者に対して私的制裁(リンチ)を禁止した教えであって、社会的制裁や正義を追求することを否定したものではありません。

主イエス様も頬を平手打ちされたとき、堂々と抗議されました(ヨハネ18章22節)。
パウロもまた鞭で叩かれたのを抗議し、謝罪を求め、正当な権利を主張しています(使徒16章37節)。
決して、悪に対して無抵抗に泣き寝入りせよ、と勧めてるものではないのです。

これに続く40節にある「下着を取ろうとする者には上着もやりなさい」。
41節にある「1 ミリオン行けと強いるようなものとは一緒に2ミリオン行きなさい」。
これらは皆、法律で決められている以上のことを自ら進んですることにより悪に勝利せよとの教えです。いわば愛による復讐の勧めなのです。

私たち家族が毎年夏に滞在している山形県の大江町キリスト教会の始まりは、実にこの「愛による復讐」によるものでした。

戦争で山形の田舎に疎開された小出という少年は、足が不自由なため級友から散々いじめられ、悲惨な思いをされました。
戦争が終わり上京した小出少年はそこでイエス様と出会い、やがて献身し、神学校を卒業しました。そして卒業するとかつて子供時代にいじめられた山形の大江町で教会開拓をすることを決心したのです。
いじめられた仕返しに、愛をもって報いようと、その働きが始まりました。

それからすでに50年以上が経ち、3度の教会堂建設を経て、地域に溶け込んだすばらしいし宣教活動が続けられています。小出牧師は見事に愛の復讐を成し遂げたのです。

「悪に負けてはなりません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。」ローマ12章21節