牧師のブログ
2012-11-27
ガリラヤを後にして一路エルサレムへ。 エルサレム東側にある、ダビデ時代(BC1000年頃)の町の遺跡を見学。アッシリア帝国に包囲される際、ヒゼキヤが掘った水道まで地底の中を探検しました。 ベツレヘムはパレスチナ地区のため壁で囲まれ、厳重な荷物・身体検査とパスポートチチェックがあります。イスラエルに帰るときのほうが何倍も厳しく、45分ほどもかかってしまいました。先週からの紛争が停戦されず、ガザに地上...
2012-11-27
カイザリヤは、ヘロデ大王が建設したローマ風の町。 ローマへの表玄関となった国際都市。 カイザルへ献上したことからこの名前が付けられました。...
2012-11-27
主が幼少期を両親とともに過ごされたところです。 マリヤの家、ヨセフの家、それぞれのところに1世紀から彼らの子孫によるシナゴーグ教会が建っていました。その後、ビザンチンの教会を経てからフランシスコ会の教会がその上に建設されています。...
2012-11-27
 ペテロの召命教会~ここでペテロは復活された主に出会い、裏切りの傷を癒され、再び使徒としての召命をいただいて立ち上がったところです。 「あなたはわたしをあいしますか」 「わたしの羊を飼いなさい」 「あなたはわたしに従いなさい」 これらの言葉を幾度もペテロに与えられた主でした。...
2012-11-26
コラジン、カペナウム、山上の垂訓教会を訪問。 最初にコラジンの遺跡を訪問。 シナゴーグを訪れましたが、「ここにあってはならない二つのもの」を探すクイズがガイドから出されました。 ①メグーサ。ギリシャ神話にある蛇を髪の毛にしている女性。 ②ブドウを運んでいるカレブとヨシュア像。 これら双方ともに偶像崇拝に繋がるためシナゴーグではタブーのはず。...
2012-11-25
キブツはイスラエルに独特の生産・消費合同の共同体です。 1910年に創設され、ここのキブツ・マアガンは、1949年にルーマニア地方から移民してきた人たちにより創設。現在、170人のメンバーに臨時滞在の人も含めると約350人がここで暮らしています。キブツの主な収入源は、 ①農業(バナナ、アボガド、ナツメヤシなど) ②酪農(250頭ほどの雌牛) ③観光(ホテル経営など) の3つがあります。...
2012-11-25
死海西岸を北に進み、クムランでエッセネ派の生活を学び、エリコ・パレスチナ地区に主の誘惑の荒野を訪ねました。
2012-11-24
ホテルへの帰路、土石流によって道路が決壊。 1時間半ほど足止めをされ、巨大ブルドーザーが応急処置をする中、濁流の流れる道路を突き進む。...
2012-11-23
マサダの要塞。 ユダヤ戦争での最後の抵抗の場所。 ヘロデ大王が建設し、冬のリゾート施設として王家族が利用。 ローマ軍に城壁を突き破られ、翌日侵攻されるという前夜、籠城軍は集団自害を決行してしまう。...
2012-11-22
古代ナバタイ王国は、アレクサンダー大王やローマ帝国などの列強をはねのけて生き続けました。これら列強と直接戦わずに、毎年貢物を送ることで生き延びたのです。 東西南北の交易により潤ったこの王国には、かつて3万人ほどの人たちが住んでいたと言われています。 神殿建設には、バビロン、ローマ、エジプト、イラン、ナバタイ文明を取り組んだ装飾となっていて興味はつきません。 その後は、エイラートまで一路バスに揺られ...