米国への英語研修旅行
2019-08-29
米国への英語研修旅行

米国への英語研修旅行

米国への英語研修旅行

日本で40年間以上宣教師として尊い御用をされたドロシー・ラバツウ先生の回想録です。

私が聖書学院を卒業したのが23歳の時。

卒業と同時に遣わされた最初の任命地が三重県大紀町にある錦キリスト教会でした。

そこで一人で伝道されていらっしゃっるのが教団最高齢の73歳になっていらっしゃったドロシー先生でした。

教団最若輩だった私はそこで7年間働きましたので、ドロシー先生が80歳になるまで共に生活し伝道したことになります。

本の題名は「人生は80歳から始まる」。

確かに年齢を感じさせないバイタリティー溢れる体力と気力とに満ちておられた先生でした。

私との共同牧会伝道期間は助走期間に過ぎず、その後から先生の本格的な宣教師人生が始まったのですね。

今回初めてこの回想録を手にすることが出来て、ドロシー先生という稀有な宣教師を生み出したその背景を垣間見ることが出来たのは実に祝福となりました。

まるで宝物を探し当てたように興奮しながら原書のページをめくっています。

皆様にもその全てでは無いですが、ハイライトと思えるところを紹介します。


その第36回目は、紀伊長島での英語クラスの生徒さんら十数名を引率されて米国へ英語研修旅行に来られた思い出です。




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第四部



紀伊長島の開かれたドア〜牧師転任という変化の中で



私は変化を覚悟していました。そしてそのための心の準備もしていました。
「先生がもし明日亡くなったとしても、錦教会は牧師なしでもやって行けます」
それであっても、こんなことを聞かされたのには少々驚くばかりでした。

「私たちの中で一体、明日のことが分かる人がいるのですか」
私はそうお答えしたい。私どもの明日は全て主の御手の中にあります。
主は私たちそれぞれに計画をお持ちであり、その計画が何であるかを少しずつ明らかにしてくださいます。

より充実して、より自由で、そしてより広く開かれている働きへのドアが紀伊長島で開かれているように感じるのです。
日本人牧師が錦教会に任命されるよりも以前に、主は私に黙示録3章8節から素晴らしいお約束を与えてくださっていました。既にその時に道は開かれていたのです。

"わたしはあなたの行いを知っている。見よ。わたしは、だれも閉じることができない門を、あなたの前に開いておいた。あなたには少しばかりの力があって、わたしのことばを守り、わたしの名を否まなかったからである。"
ヨハネの黙示録 3章8節

何年間もの長い間、上野ご夫妻からのお招きによって私は紀伊長島にて英語を教えてきました。彼らの歯科診療室に接続している小さなコテージを使わせていただいていました。
そしてその働きは錦教会にとっても祝福となって来たのです。



すでに天の御国にて



紀伊長島は、錦教会にある忠実なクリスチャンを代表しているだけではなく、天においてもそうなのです。確かに私は彼らと天でお会いするの楽しみにしているし、そこでは聖歌隊にともに参列して、白い衣を着て棕櫚の枝を手に振りながら主を賛美するのを待ち切れません。

「祝福と栄光と誉と権威と力とは、永久から永久まで私たちの神にあるように」



英語クラスの海外旅行



紀伊長島での公民館教育で二年間をひと区切りとして、「英語での海外研修旅行」という名のクラスを夜に開いて教えてくれないか、と頼まれました。

参加者たちはとても熱心な方々で、さらにそこから英語の輪が広がって行き、公民館で毎週のクラスが開かれるようになりました。

そして私たちはシアトル、ロサンゼルス、そしてハワイへと海外旅行することになったのです。
特にシアトルへ行ったこと、そこにある小さな日本語教会に出席できたのは忘れられない経験となりました。私は英語クラスの皆さんに教会出席を要求した事はありません。

日本からシアトルまでのフライトは、夜をまたいでとても長時間のものでした。私は彼らにホテルで休んでいても良いし、買い物に行くのも、どこかで見物するのも良いです、とお話ししていたのです。それは彼ら自身のスケジュールに任されていたのです。

私自身は日曜礼拝へ行くことにしていました。もし彼らが私と同行したいのであれば大歓迎です。私はこれまでに多くの方々を教会にお誘いしましたが、あれほど心からの積極的な応答をいただいたことはありませんでした。

前日からひどく体調崩していた一人の女性を除いて全員が教会に来られたのです。
錦教会で共に七年間奉仕をされた私たちの群れの高橋京太先生が、綿密な計画と協力とを尽くしてくれていました。

地元米国のバプテスト教会が全員の乗れるバスを貸して下さり、全ての移動が全員同時に可能となりました。日本人教会の栄光キリスト教会は、未だかつて教会に行ったこともない人たちを含んだ私たち16人を快くホストしてくださいました。

礼拝後は大変楽しい交流の食事会となり、そこではそれぞれ自己紹介やテーブルスピーチが行われました。キリスト教に対しての印象を私の英語クラスの生徒さんがそれぞれコメントしてくださるのを聞くのは大変興味深かったです。

キリストの教えには生きる希望と喜びがあるのを、彼らは驚きながらも異口同音に話されたのでした。



嵐の中での神様の備え



紀伊長島での英語クラスが夜に開かれると言うのは台風シーズンの間、困難が伴うものでした。
錦に至る紀伊長島道路はしばしば土砂崩れがあり、数ヶ月間遮断されることもあります。

そうなると大変な長距離を迂回した山道を通らねばならず、とても時間がかかるのです。
決して忘れることのできない嵐の夜がありました。

その日、先ず錦を出発する前に紀伊長島の関係者に電話をして、天候の様子を訪ねました。
雨は降っておらず、すべては通常とのことで、私は出かけることにしました。

しかしクラスが終わる頃には嵐は激しくなっていました。
それにもかかわらず主は私を先導する特別なエスコート役を備えてくださいました。

私がちょうど紀伊長島道路に乗り入れたとき、巨大な電飾トラックとトレーラーが私のすぐ運転する直前を走っていたのです。そこでいわばエスコートされるような形となり、錦に至るまでの山道を安心して通り抜けることができました。それも、錦に到着する頃には雨は止んでいました。ですから、その時にはエスコートも必要なくなっていたという訳です。


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